vol.1
【 研究成果を社会実装し、健康寿命を延ばしたい。 】
アイセック代表取締役CEO
木村 大地
アイセック取締役CMO
新潟⼤学医学部 内科教授 医学博⼠
曽根 博仁
新潟大学医学部発ベンチャーとして設立されたアイセック。健診結果や病院受診記録などのデータを分析し、医学的見地による解説を加えて提供することで、研究成果を人々の健康につなげることを目指しています。事業家と研究者、それぞれの立場から健康について考えてきた木村と曽根が、アイセックの使命と展望について語りました。
恩師の死をきっかけに、健康支援事業へ
【木村】私は15歳の時に、人生の恩師である剣道の師匠をがんで亡くしました。2年間の闘病生活を間近で見ながら「人はどう死んでいくのか」「人は死までの日々をどう後悔して過ごすのか」を学ばせていただいたと思っています。私の人生の方向性が決まったのは、「あの人が健診を受けていれば」という奥様の言葉を葬儀で聞いた時です。大学時代は政治の世界も志しましたが、「現場が重要」という結論に至り、卒業後は新潟の健診機関で4年間、営業企画の仕事に従事しました。
転機になったのが、メタボ健診が始まった2008年。制度移行により健康診断データが規格統一されたのですが、厚労省が提供する特定健診保健指導ソフトを開発する企業のマネジメントに縁あって携わることになりました。日本医師会や健保連、国保中央会といった主要団体とのつながりができたのもその時です。同時にそれらに横串を通し連動させる仕組みが必要だと思い知り、起業を考えるようになりました。
2011年3月の東日本大震災を経験し、「いつか」ではなく「今」挑戦すべきだと考え、その年の6月に「リンケージ」という会社を東京で設立。当初は苦労しましたが、徐々に健康支援コンサルティングの委託をいただけるようになりました。創業3年目の2013年、コンサル先企業の海外駐在員の健康管理が放置されていることを知ってスタートさせたのが、「オンライン診療」を活用した健康支援事業です。「あきらめない健康支援」がテーマでした。
【曽根】高齢化社会や地域の医師不足といった背景、感染症にも強いという利点もあり、オンラインによる健康指導や診療は今後ますます注目されていきそうですね。
健康寿命の大敵は、予防できる
【木村】2015年には協会けんぽ沖縄支部からご相談を受け、オンライン診療を離島住民向けの保健指導にモデルチェンジして提供しました。さらに翌年には日本で初めてオンライン禁煙プログラムを構築。当時の遠隔診療は初回面談が必須で、そのことが受診者拡大のネックになっていました。そこで初期の顧客である大手企業の方々の賛同を得て、内閣府規制改革推進会議で提言の機会をいただき、初回面談から完全オンラインで診療するメリットについて説明しました。2017年6月の閣議決定を経て規制緩和が実現。現在のリンケージはオンラインの特定保健指導や禁煙事業が中心事業となっています。
そこで私の役目は一区切りついたと思い、2019年にリンケージの代表を退任。あらためて自分自身の使命を見つめ直し、地元新潟の大学院医学部で一から医学を学び、地域に根付いた新たな健康支援事業を立ち上げたいと考え、アイセックの創業に至ります。
【曽根】私は内科医ですが、その中でも糖尿病を中心とした生活習慣病の予防と治療を専門にしています。これまで糖尿病の大規模臨床研究に携わってきた背景があり、私の教室は特に大規模医療データサイエンスを得意としています。
これまでの医療は、何か症状や重症疾患が起きてから対処するのが基本でした。例えば心筋梗塞になったら、詰まった血管を広げるカテーテル治療をする。腎不全になったら、人工透析をする。日本では、毎年新たに1万6千人ぐらいの人が新たに人工透析を開始されています。人工透析に使われる年間医療費は1.6兆円と言われていますが、多くの国ではその金額が払えないため、腎不全になったら死を待つしかありません。
もちろん日本ではそんなことはないのですが、今や多くの人々が望むのは「ただ長生きできればいい」ではなく「健康で長生きしたい」、つまり健康寿命を延ばすことなのです。医療が進歩してさまざまな治療が実現できるといっても、完全に元に戻るわけではありません。たとえ血管を広げて助かっても、薬を飲み続けなくてはならない。週3回の人工透析治療を、一生続けなければいけない。そのような時代にあって、生活者のみなさんとしては徐々に、「どうすればそうならずに済むのだろう」ということに関心が移りつつあるわけです。
そこで注目したいのが生活習慣病です。たとえば、その典型である糖尿病は血糖値が持続的に上がっている状態を指しますが、すぐに何らかの症状が出るものではありません。しかし放置していると、無症状のうちに全身の血管がやられて、さまざまな合併症を引き起こします。心筋梗塞、腎不全、脳卒中、視力低下、認知症などが代表的ですが、さらに脂肪肝、骨粗鬆症、歯周病、それに鬱病などの原因にもなり、これらはいずれも健康寿命の大敵です。ただ、どれも初期糖尿病の段階であれば、現代の医療なら十分予防できるんですよ。
病院の中では解決できない問題
【曽根】私が大学を卒業した頃、糖尿病の薬は1系統しかありませんでしたが、今は7系統に増えている。それなのに糖尿病やそれにより人工透析になる患者さんの数は一向に減りません。高齢化も背景にあるのですが、それだけでは説明できず、適切な医療を受けずに知らないうちに悪化している人が多いはずです。
毎年、世界糖尿病デーの11月14日、新潟駅のコンコースで無料の糖尿病検査を実施してきました。すると、糖尿病でないはずとおっしゃる方の50人に1人が糖尿病。しかもその半分近くは入院が必要な重症レベルでした。普通に駅を歩いている人の中に、自覚していない糖尿病の人がそれだけいる。医療者として病院に来た人を診ているだけでは、糖尿病から合併症になる人を減らせないということです。
禁煙をする、運動をする、バランスの取れた食事を摂る。そして、知らないうちに発症したり悪化したりしていることがないように、健康診断を受けることが重要です。次の時代の医療は、より早く、より予防的な動きが求められます。自治体、健康保険組合、一般企業、それらと研究の現場がつながっていかなければならない。そのためには、医学や医療の専門家だけでなく、ビジネスや行政の専門家も含む社会全体の協力も必須です。
【木村】公衆衛生や予防医療の知識はありましたが、オンライン診療の新たな文化創出を経験し様々な壁を超える中で、私にはまだ医学や薬の勉強が足りないと感じていました。新潟大学大学院に入学して曽根教授と出会い、「蓄積された研究や論文は、社会実装されなければ意味がない」という考えが一致しました。
【曽根】ビジネスの経験を持つ方が医学を勉強してくれるのは大歓迎。ぜひ博士号を取得してください。大学が研究をするのは世の中のためであり、私たちが医学の研究をするのは人々の健康のためです。アイセックを設立し、さらにその機会を増やせたことを大変嬉しく思います。
病院の中では解決できない問題
【曽根】現代の医学では「EBM(Evidence-Based Medicine:根拠に基づく医療)」が基本姿勢。つまり、医療者の経験や勘だけでなく、できる限り、多くの人々や患者さんのデータから得られた大規模研究の成果(エビデンス)をもとにした診療が行われます。同じ考え方は、行政や保健などの施策にも取り入れられ、「EBPM(Evidence-Based Policy Making:エビデンスに基づく政策立案)」と呼ばれています。もし有効だというエビデンスが得られれば、忙しくて病院に来られない人には自宅訪問をするなどの手段も考えられるでしょう。今後の医療には、行政を巻き込んだアプローチも必要です。アイセックではEBPMの考え方に基づく健康支援にも取り組みたいと考えます。
【木村】人が健康でいることは「手段」でしかなく、「幸せに生ききる」ことが最終的なゴールと考えています。それぞれの人生において健康は全てではありませんが、健康でないと多くのことを失ってしまいます。これからは、がんばって健康になるのではなく、気づいたら健康になっていた、という風土を醸成する仕組みを作りたい。曽根教授がおっしゃった「研究成果を社会実装する」というのはそういうことだと思います。私は大学院で医学を学びながらも、ビジネスパーソンとして健康保険組合や自治体、一般企業が抱える現場課題の近くにいる。その解決策は、曽根教授たち研究者が持っている。それらを共に結ぶことがアイセックの使命です。
株式会社アイセックCEO
木村 大地 Daichi KIMURA
- 1999年
- 新潟明訓高等学校卒業
- 2003年
- 神奈川大学経営学部国際経営学科卒業
- 2011年
- 株式会社リンケージ創業 代表取締役就任(2019年退任)
- 2019年
- 株式会社アイセック創業 代表取締役就任
- 2020年
- 新潟大学大学院医歯学総合研究科(修士課程)入学
新潟大学医学部 血液内分泌代謝内科学講座
教授 医学博士
曽根 博仁 Hirohito SONE
- 1990年
- 筑波大学医学専門学群卒業
- 1999年
- 筑波大学臨床医学系代謝内分泌内科 講師
- 2006年
- お茶の水女子大学生活科学部食物栄養学科 准教授
- 2009年
- 筑波大学水戸地域医療教育センター内分泌代謝・糖尿病内科 教授
- 2012年
- 新潟大学大学院医歯学総合研究科 血液・内分泌・代謝内科学分野 教授